• 読み物

道内初の本格的郷土史デジタルアーカイブとその課題

2025年05月30日

旭川郷土史ライター 那須敦志(ACA運営メンバー)

道内初の本格郷土史デジタルアーカイブ

 2025年3月末、旭川市の市史デジタルアーカイブのウェブサイト「旭川のあゆみ」が一般公開されました。市史や史料写真・地図のデジタル化等の取り組みはこれまで道内でもありました。ただ多様なコンテンツを総合的に編集して掲載する今回のような本格的な郷土史のデジタルアーカイブが製作されたのは筆者の知る限り道内初です。
 筆者は2024年夏に設置された同アーカイブの検討会メンバーとして編集方針の策定等に意見を寄せました。その立場から、アーカイブの内容、製作に至る経緯、課題等について紹介します。

昔と今をつなげるコンテンツ

 市史デジタルアーカイブ「旭川のあゆみ」は「コンテンツ」と「資料アーカイブ」の2つが柱です。このうち「コンテンツ」は「年表」「地図」「書籍」「空から見渡す旭川」の4本立て。特徴は昔と今をリンクさせていることです。例えば「地図」では、現在のGoogleマップに大正末の地図をレイヤーのように重ね合わせて表示する機能が付いています。これにより昔と今でどのように街が移り変わったか目で見て理解することができます。
「空から見渡す旭川」ではドローンで撮影した市内3か所のパノラマ3D写真を自由に動かして見ることができます。そのうえで地図上に示された旭川駅や買物公園など90か所の場所や施設の多くについてクリック一つで昔の写真を表示させることができます。

デジタルならではの機能

 もう一つ特筆したいのが「書籍」コンテンツのキーワード検索機能です。ここには「新旭川市史(1〜8巻)」「旭川市史(1〜7巻)」など市史関連の5種37冊の書籍がデジタル化されています。すべてスキャンニングによるPDF画像のデータですが、フルデジタル化された文献データと同じようにキーワード検索ができます。これは最新の画像認識機能を使っているためです。フルデジタル化に比べ大幅に安価なスキャンニングによるデータでも精度の高い検索が可能という意味で、今後普及が見込まれる技術です。
 このほか「資料アーカイブ」では、旭川市所蔵の数多くの写真と地図の史料を見ることができます。いずれも高精細のデジタルデータのため極限までのズームインおよびスクロール等が自在です。史料の持つ情報を最大限引き出すことができる機能です。
 こうした「コンテンツ」や「アーカイブ資料」について、旭川市は3年をかけて大幅な充実を図るとともに将来的にもデータの追加や見直しを行うことにしています。
(紹介した旭川のアーカイブは、全国の100以上の自治体や団体で採用されている東京の企業TRC-ADEACが開発したデジタルアーカイブシステムによって制作されています)。

郷土史デジタルアーカイブ製作の経緯

 さてこうした市史デジタルアーカイブが製作された背景には、平成5年から刊行が始まった「新旭川市史」の編纂作業が、平成23年度以降休止したままになっていた事実があります(理由としては作業の長期化に伴う予算措置や編纂体制の維持の困難化が挙げられています)。
 昭和20年までしか通史が執筆されていないこと、休止期間が10年を大きく超えたことなどを受け、近年、編纂の再開を求める声が高まっていましたが、かつての執筆陣の高齢化等で編纂体制の構築に向けたハードルはさらに高まっていました。
 こうした状況を受けて担当部局が打ち出したのが、今回のデジタルアーカイブによる新たな市史の編纂です。これについて「旭川市史デジタルアーカイブ編集方針」は、「情報通信技術が広く生活に浸透した現在においては、持続可能な史資料の管理や、効果的な情報発信へ向けた手法の転換など時代に即した新たな市史の編さん事業のあり方が問われていた」としたうえで、「利用する人や時間、場所を問わず、歴史に親しまれることを目指し、旭川の歴史情報をデジタル化し、インターネット上で公開することとした」としています。

戦後通史の執筆を視野に

 市内外の多くの人が手軽に利用できる郷土史のデジタルアーカイブ化は、各種の史料や過去の取り組みを最大限に活用できるという意味で大いに進めるべきというのが筆者の立場です。このためコンテンツを充実させる今後の作業にも全面的に協力することにしています。
 一方で検討会の席でメンバーからたびたび意見が出されたのが、手がつけられていない戦後編の通史の執筆についてです。つまり今回の市史デジタルアーカイブの製作が、戦後通史の執筆を将来的にも行わないとする免罪符にするべきではないという立場の表明です。
 筆者は、市町村史の編纂とは人が節目節目に立ち止まって自らの歩みを振り返ることと同じ意味があると思っています。過去の行いや出来事から示唆や教訓、自信や誇りを受け取って明日への糧とする。これは個人でも団体でもそして自治体でも変わりません。このため市町村史の編纂においては、起きた出来事を並べる年表や各種の史料をアーカイブするだけでは足りません。やはり多面的に過去の地域の出来事を検証する通史の執筆が不可欠です。
 この点については少なくとも旭川市の担当部局の職員たちも理解をしてくれているようで、前記の「編集方針」には、将来に向けた史資料の保存や収集に努めること、さらに市史編纂の協力者確保のための人材発掘に努めることなどが掲げられています。
 筆者としては、とりあえずデジタルアーカイブの製作という形で長期間止まっていた市史編纂作業を再開させ、そのうえで将来の通史執筆(もちろん従来のような書籍の形でのまとめ方は筆者も想定していません)につながる環境を整えたいという思いが込められていると受け止めています。

歴史という〝宝〟

『知ってほしい、こんな旭川』

「歴史というかけがえのない〝宝〟」。
 先日、旭川市中央図書館所管の旭川叢書の最新刊として上梓した「知ってほしい、こんな旭川―珠玉の郷土史エピソード集―」の帯文に掲げたフレーズです。
 市史編纂を巡る状況について依然楽観視は出来ませんが、地域の大切な遺産である歴史を次代に確かな形で伝えるため、引き続き力を尽くしていきたいと考えています。

stt